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自信はどこから生まれるのか

26 January, 2021

  • 作成日:2021/01/04
  • 更新日:2021/01/04

「自信」とは成功への確信である.

「自信」という言葉は力強い.なにかに取り組むとき,なにかを伝えるとき,なにかに挑戦するときに我々の背中を支えてくれる言葉だ.そして自信に裏打ちされた言葉はより一層の説得力を持って相手に届く.

では「自信のある状態」とはどのような状態だろうか.「自信」がある時,我々はどのように物事と相対するのだろうか.

「自信がある」というとき,我々は最終的に好意的な結果を出力できる確率が高い(高い,の基準は個人個人で異なるだろうが)と期待している.反対に「自信がない」場合には,悲劇的な結末を予感せざるを得ない精神状態にある.

では,この「自信」はなぜ生まれ,どこから来るのだろうか.

「点」と「線」

物事には「結果」と「過程」が存在する(その他の要因も存在するだろうが,ここでは議論しないので一旦措く).

「結果」とは(主に時系列の中の)ある一点で自己または他者に観測される「状態」を「目標」と比較し,「成功」「失敗」を判断したものである.定性的あるいは定量的な目標に対し,目標以上であれば成功であり,目標未満であれば失敗である.

一方で「過程」とは物事に取り組んできた「時間」であったり,かけてきた「労力」であったりする.

すなわち,「結果」はある時点での「点」であり,「過程」は時系列的に継続する「線」であると言える.

     過程(線)   結果(点)
        ↓          ↓
-------------------・
時間 ->

脆弱な「点」

「点」は脆弱である.

ここで重要なのは,「結果」とは「自己または他者に観測され」,「目標と比較される」という 2 つの要素をもつことである.

「自己または他者」の基準は曖昧だ.人間は時系列的に状態が不変ではなく,心身あるいは環境によって物事に対する見方は常に変化している.

例えば酒に酔った状態で「すばらしい結果だ」と評価しても,翌朝我に返れば全く異なる感想を抱くことは想像に難くない.会社の上司に結果を認められた翌日に,その上司が猟奇殺人の犯人として検挙されたら結果の信憑性や信頼性はどうなるだろうか.

さらに,「目標」が的外れだった場合も存在する.例えば,陸上の大会で決勝を目指しているアスリートが「100m を 30 秒で走る」という目標を立て,25 秒で走った場合はどうだろうか.

確かに目標以上の成果であり,喜ばしい結果と言えるだろう.しかしながら,よく調べてみると健常成人が 100m を走るのにかかる時間は 15-20 秒程度であったようだ(ここでの時間は適当に挙げたものなので,正確な数値が知りたい場合は各自調べてほしい).

そもそも「100m を 30 秒で走る」という目標が適切ではなかったことがわかるだろう.目標が意味のないものであった場合,「結果」は残念なものになってしまう.

もちろん,適切な基準で適切な目標に対する結果であればすばらしいものだ.しかし,この不変でない「結果」だけを自己の根本に据えるのはあまりに危ういのではないだろうか.

強固な「線」

一方で「線」は強固である.なぜなら「線」は「事実」の積み重ねであるからだ.

例えば,500 時間をかけてなにかのシステムを構築したとしよう.完成までには千の試行錯誤があったことだろう.

そして,このシステムは完成して 1 年後に「反社会的なもの」として宇宙から抹消された.結果だけ見れば大失敗だ.開発者は収容所へ送られたかもしれない.

しかし,その「過程」はどうだろうか.システムが宇宙から抹消されたとしても,「500 時間努力した」事実は変わらない.「千の試行錯誤をした」事実も変わらない.重要なのは,結果がどのようになってもそこに至るまでの「事実」は一切不変であることだ.

これらの事実があるからこそ,再び開発者は 500 時間をかけて新たなシステムをつくることができるだろう.「成功」「失敗」したからではなく,「過去に自分が取り組んだという事実」があるからだ.

「線」の集合である「自信」と,人間の魅力.

私はこの「事実の積み重ね」こそが「自信」につながる根本ではないかと考えている.

自己の経験や実績が一本の「線」になる.「線」をつくるのは「結果に左右されない事実」だ.一本の線は「偶然」かもしれないが,たくさんの線を積み重ねれば「必然」に近づくだろう.

この「必然」を予感するからこそ,人間は「自信」を持って行動したり,なにかを伝えられたりするのではないだろうか.

すなわち,「自信」とは「線」が集まった「面」であると言えよう.そして,様々な「面」が繋がり,交わり,組み合わさることで空間的な広がりを見せる.

自信に満ちた人間は魅力的であると言われるが,この「面」が広がった「三次元的な空間」こそが人間の魅力に通じるのではないだろうか.

そして空間の経時的変化(四次元)がその人の成長の証であり,歳を重ねるごとに増していく深みの基ではないだろうか.

あとがき

なんとなく「自信」というキーワードについて考えてみた.「自信」という言葉は思った以上に曖昧であり,解像度を高めることが難しいように感じた.

「結果」は点であり脆弱であると述べたが,決して結果が無意味であるとは考えていない.寧ろ「過程」に「結果」が合わさることで,より強固かつ柔軟な「自信」を創り上げるだろう.両者は対立するものではなく,共存するものだ.

しかしながら,「結果」は人間や環境如何で否定できるが,「過程」は事実である以上何者にも否定できない.だからこそ今回は「結果」と比較して「過程」がより重要であると考えた.

今回は以上とする( `・ω・)b

#lifehack